100年前まで麻布台に存在した東京天文台。その観測機器の一部は今、国立天文台三鷹キャンパスに。

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麻布台の日本経緯度原点

約100年前、1923年(大正12年)まで麻布飯倉(今の麻布台)に東京天文台があったことは意外と知られていないかもしれません。

1874年(明治7年)から海軍の観測所が置かれ、1888年(明治21年)からの三十数年間でしたが麻布台の今のロシア大使館やアメリカンクラブの奥の台地の端に「東京帝国大学付属東京天文台」が存在していました。

▲その天文台では子午儀(子午儀)や子午環(しごかん)が設置され、太陽を観測して緯度や経度を求めていました。

麻布台の東京天文台の子午環が置かれていた場所が日本の経緯度の原点とされ、今なおその場所が日本の緯度経度の原点です。

実際にその場所を訪れると「日本経緯度原点」という標識と原点を示す金属球が埋められています。

▲今は大使館や大規模マンションなどに囲まれた空き地のようになっていますが、訪問するとこのような看板が立っていて、ここに日本経緯度原点があることが分かります。

▲インパクトのある施設ではないのですが、週末などはマニアな方の姿をけっこう見かけたりします。

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麻布飯倉の天文台

▲麻布飯倉時代の東京天文台の写真です。

地形からすると左上の広がる平地は三田やその先の品川方面かと思われます。100年以上前ですから、現在の天文台からイメージする大規模施設とは違ってこじんまりした施設に見えます。

ただ大正期といえどさすがに麻布台付近の市街地も発展し周囲の明かりが邪魔になり、また施設自体も手狭ということで1923年に天文台は三鷹に移転しています。

なお天文台の跡地は東大理学部の天文学教室として一部の建物や装置が残り、東京大空襲でほとんどが焼失したものの、施設としては戦後まで存続していたそうです。

今も見れる東京天文台の名残は日本経緯度原点だけかと思っていたら、移転先の国立天文台三鷹キャンパスに当時の機材がいくつか遺されています。

麻布台の天文台の痕跡を求め、その国立天文台三鷹キャンパスを見学してみました。

国立天文台三鷹キャンパス

三鷹に移転した天文台の今の正式名称は「大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 国立天文台」、通称国立天文台。

国立天文台の施設自体は世界中に設置されていて、三鷹はその本部がある場所ということになります。

▲国立天文台三鷹キャンパスの表門(正門)です。

見学は毎日10時から17時まで(入場は4時30分まで)、少人数であれば申込も不要です。

見学コースが設定されていて、公開されている施設を自由に見学することができます。また週末は説明員が配置され研究の傍ら施設や装置の説明を聞くことができます。

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レプソルド子午儀(しごぎ)

まずは麻布台の天文台時代に使用されていた観測装置の一つ「レプソルド子午儀」です。

▲レプソルド子午儀室という資料館内に展示されている「レプソルド子午儀」。国の重要文化財です。

1880年(明治13年)にドイツのA. Repsold & Söhne社(レプソルド社)が製作し、1881年に海軍省海軍観象台が800円で購入したものです。

1888年からは麻布台の天文台に移設され、時刻の決定と経度の測量に使われていたそうです。

この装置を使って正午の時刻を定め、それをもとに旧江戸城跡で正午の号砲を撃っていました。

土曜日はその ドンッ! という号砲で一日の仕事を終えていたので ”半ドン” という言葉が生まれています。いわば半ドンのルーツの一翼も担っていた装置です。

▲この子午儀が展示されている「レプソルド子午儀室」。

1925年(大正14年)に竣工した子午儀を使って天体観測を行う建物が今は資料館として活用されています。この建物の自体も登録有形文化財(建造物)に指定されています。

観測装置がドイツ製なので建物もなんとなくドイツ風です。

ゴーチェ子午環

もう一つの麻布時代の観測装置が「ゴーチェ子午環」です。。

▲子午環とは子午儀と違って天体の位置(赤経と赤緯)を観測するための装置です。

この子午環は1903年のフランス、ゴーチェ(Paul Gautier)製の装置で、購入時の金額は20,000円。1982年まで実際に使用されていました。

ただ麻布台では試験的に使用されていただけで、本格運用されるのは三鷹に移転してからだそうです。

▲ゴーチェ子午環が展示されてい「ゴーチェ子午環室」です。

子午儀も子午環も南北方向にしか向かないので、屋根も南北方向に屋根が開けられるようになっています。

▲ゴーチェ子午環室はレプソルド子午儀室のすぐ隣に建っていますが、大きさはこちらの方がかなり大規模。

建物の竣工は1925年(大正14年)。

この建物も登録有形文化財(建造物)に指定されています。

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麻布台の天文台関連資料

他にも麻布台時代の天文台に関する資料がいくつか遺され展示されています。

▲大赤道儀室(天文台歴史館)に展示されている「空襲で焼け残ったレンズ」。

これは麻布台の天文台の観測ドームに設置されていたドイツ、メルツ社製の18cm屈折望遠鏡のレンズです。

東大の天文学教室となった後も使用されていたそうですが、1945年5月の山の手大空襲で望遠鏡は焼失。その焼け跡から回収された焼け残ったレンズです。

麻布台のあの場所の空襲の様子を知れる貴重な資料です。

▲イギリスのトロートン・シムズ社製の望遠鏡で1875年(明治8年)製。

国内で確認できる明治期最古の望遠鏡だそうです。

麻布台にあったかは確認できないようですが、年代的に麻布台の東京天文台にも設置されていたと推測できそうです。

▲麻布時代の東京天文台と三鷹時代初期の天文台の風景。

今は近くに30m道路が走る住宅街になっていますが、当時の三鷹近郊は雑木林も多くイメージ通りの ”武蔵野” だったみたいです。

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国立天文台の施設

麻布台の天文台の名残の装置や写真を見ながら今の日本経緯度原点の周辺の様子を思い出すと、よくあそこで天体観測をしていたなぁと感じます。

でも100年前まで天体観測が出来た場所の変貌ぶりの方が驚きです。

続いて国立天文台三鷹キャンパスの様子の一部を紹介します。

第一赤道儀室

三鷹キャンパス正門のすぐ近くにあるのが「第一赤道儀室」。

▲主に太陽の黒点観測に使用されていた施設です。

この口径20cmの屈折望遠鏡を使い太陽を追っていたのです。

すごいのは、今も太陽観察会というイベントを行っていること。週末に開催されているようです。

▲建物は1921年(大正10年)に完成した鉄筋コンクリート造りの2階建。

望遠鏡はドーム内に設置されています。

そしてこの建物も登録有形文化財(建造物)に指定されています。

大赤道儀室(天文台歴史館)

第一赤道儀室と「太陽系ウォーク」を挟んで向かい合うように建つのが「大赤道儀室」、今は天文台歴史館としても使用されています。

▲このドームの中には口径65cm、焦点距離10mという巨大な屈折望遠鏡が設置されています。

1929年に完成し、1998年まで70年近く天体観測に活躍、今は静態保存され余生を送っています。

大きなドームの中の巨大な望遠鏡はこれぞ天文台という雰囲気いっぱい。

▲ドーム内は国立天文台の歴史などを紹介するパネルや様々な資料が展示されています。

▲この建物もまた登録有形文化財(建造物)に指定されています

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太陽塔望遠鏡(アインシュタイン塔)

広い三鷹キャンパスの西端にも特徴ある建物があります。

▲「太陽塔望遠鏡」、別名「アインシュタイン塔」です。

1930年(昭和5年)に完成した高さ約20mのこの建物、実は建物自体が望遠鏡になっているのです。

アインシュタインの一般相対性理論が予言する「アインシュタイン効果(太陽の重力で太陽光スペクトルの波長が僅かに長くなる現象)」を検出することを目的とするもので、当時ドイツのポツダム市にアインシュタイン塔と同じ目的、同形式の施設なので「アインシュタイン塔」の愛称なのだそうです。

残念ながらアインシュタイン効果を検出することはできなったそうですが、その後の太陽物理の研究には大いに役立ったそうです

▲これも登録有形文化財(建造物)に指定されています。

外壁のスクラッチタイルは焼きムラによる色の違いを効果的に使っていて、観測施設なのにデザインされている建物です。

天文学の歴史

大赤道儀室は天文台歴史館として利用されていて、天文学の歴史的資料も展示されています。

▲これは400年前にガリレオ・ガリレイが天体観測のために製作した望遠鏡のレプリカ、復元です。

今も普通に販売されていそうな形状ですね。

しかも光学系も含めた復元なので、実際に使用することができるそうです。

▲これは「太陽系ウォーク」。

太陽系の大きさを140億分の1に縮小して各惑星の紹介をしています。場所は第一赤道儀室と大赤道儀室を結ぶ途上。

太陽から水星、金星、地球、火星、木星、土星まで、距離の比率が分かるような仕掛けです。土星から先の天王星と海王星は遠すぎるので含まれていいません。それがまたいかに太陽系が大きさを実感させてくれます。

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国立天文台の旧施設・観測装置

三鷹キャンパスで見学できる施設や観測装置はこれだけではありません。

まだまだ他にも役目を終えて保存されている施設や観測装置があるのです。

▲屋外に設置されている6mミリ波電波望遠鏡です。

1970年に完成した、日本の電波天文学の出発点にもなった望遠鏡です。

この望遠鏡は日本天文遺産に認定されています。

▲左手奥にはゴーチェ子午環室、真ん中には6mミリ波電波望遠鏡、手間の赤いのは太陽観測用の1.2mパラボラアンテナです。

手前のものは野辺山の太陽電波観測所で使われていたもので、保存のためここに移設されています。

▲かまぼこ型の建物は「天文機器資料館」。前身は1982年に建設された「自動光電子午環」という観測施設です。

また「自動光電子午環」が建つ前は10m太陽電波望遠鏡があったそうです。

▲「天文機器資料館」の南北には窪地があって、ここはかつては池だったそうです。この向こうには地上基準点である「子午線標」を納めた小さな建物があるようですが森に囲まれてよく分かりません。

麻布飯倉の天文台の名残を見るつもりが、敷地は広いし建物は登録有形文化財ばかりだし、観測機器や資料は興味深いものばかりですし、いくら時間があっても足りない国立天文台三鷹キャンパスです。

見学に行かれるならたっぷり時間を取ってスケジュールすることをおすすめします。

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国立天文台の敷地外観測施設

移転当時の三鷹は光源も少なかったでしょうが、宅地化が進んだことや電波望遠鏡のように高地に設置した方が有利な施設のこともあり、国立天文台は三鷹以外にもいくつか観測施設を保有しています。

国内では岩手県の水沢市、石垣島、長野の野辺山などにあるますし、国外にもハワイのマウナケア山頂の「すばる望遠鏡(ハワイ観測所)」と南米チリのアタカマ高地にある「アルマ望遠鏡」があります。▲これは30mの次世代超大型望遠鏡「TMTプロジェクト」。

ハワイのマウナケアに建設する予定です。

▲野辺山の45m電波望遠鏡と背景の八ヶ岳。国道141号線を走っているとその姿が見えますね。

ここも構内の一部が公開されていて自由に見学できます。

▲45m電波望遠鏡を見学した時のもの。

手前の人物と対比するとそのサイズ感が分かると思います。

こんなものを三鷹に建てたら巨大な雑音収集機になってしまいますね。

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国立天文台三鷹キャンパスの場所とアクセス

場所は三鷹市大沢。近くにはICU国際基督教大学や調布飛行場、府中の運転免許試験場、それに三鷹天命反転住宅などがあります。

有料駐車場もあるので自動車で訪問するのも問題ありません。

▲電車の場合はJR武蔵境駅あるいは京王線調布駅からバスで10分弱、その名も「天文台前」バス停で下車すれば目の前です。三鷹駅からも近くまで行くバスがあります。

私たちは荒川修作の三鷹天命反転住宅の見学と併せて訪問しましたが、三鷹天命反転住宅からも徒歩5分くらいでした。

週末は説明員も付いて詳しい説明が聴けるのでおすすめです。

あと、子ども連れで見学にも行くのもグッドアイディアなんですが、訪問前に絶対予習をしておいた方が良いです

国立天文台三鷹キャンパス 基本情報

名称 国立天文台三鷹キャンパス
住所 三鷹市大沢2-21-1
見学時間 10:00 − 17:00 (入場は16:30まで)
料金 無料
予約 少人数の場合は不要
最寄駅 JR武蔵境駅、三鷹駅、京王線調布駅からバス
有料駐車車場あり
撮影 写真、動画とも撮影可能

日本経緯度原点 基本情報

住所 港区麻布台 2-18-1
最寄駅 神谷町駅、赤羽橋駅
料金 無料
経度 東経139度44分28秒8869
緯度 北緯35度39分29秒1572
原点方位角 32度20分46秒209
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