読み方が違う? 飯倉と飯倉片町 「いいくら」と「いいぐら」

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外苑東通りの交差点

港区内をほぼ東西に貫く外苑東通り。

麻布台の飯倉交差点を一方の始点に、飯倉片町、六本木、乃木坂、青山一丁目から信濃町方面へ繋がっています。

▲この外苑東通りと国道1号、通称桜田通りと交わるのが「飯倉交差点」。”いいくら”と読みます。

そして都道415号線、通称麻布通りと交わるのが「飯倉片町交差点」になります。”いいぐらかたまち” と読むようです。

同じ「飯倉」という文字が使われ、地理的にも500mしか離れていないのに読み方が異なる不思議な地名です。

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飯倉

まずは知名度が高そうな「飯倉(いいくら)」。

▲飯倉の交差点。交通の要衝なので”平日は”交通量も多く、名前を知っている人も多い交差点です。

この写真で奥の方へ進むと桜田通り。赤羽橋の交差点から三田の慶應大学の方へと続きます。写真で右へ進むとロシア大使館の前を通って「飯倉片町」の交差点を通り六本木の街へ入ります。

▲東京タワー通り側から見た飯倉の交差点。まっすぐ進むとロシア大使館や六本木です。

ロシア大使館があるので常に警察が警備して街宣車が外苑東通りに入らないようにしています。

左右が桜田通りですが右から(神谷町方面)から来て外苑東通りへは右折できますが、左から(赤羽橋方面)から来て東京タワー側へは右折できません。

この写真は東京タワー側から来たところですが、ここで神谷町方面へ右折はできません。

▲これは六本木方面から来たところ。赤羽橋方面への右折はできません。

つまり右折できるパターンは1つしかない(桜田通り下りから外苑東通りへ)ので、今のようにカーナビが普及する前はサンデードライバー泣かせの交差点でもあったそうです。

▲飯倉の交差点に立つ外苑東通りと桜田通りの標識。

よく見ると外苑東通りの標識は左側に凸状になっておらず、この場所が始点であることを示しています。

ここから六本木方面に行くと「飯倉片町交差点」になります。

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飯倉片町

飯倉の交差点から六本木方面は500m行くと「飯倉片町」交差点です。

▲こちらが飯倉片町の交差点。ここも外苑東通りと麻布通りが交じるので交通量の多い交差点です。

写真の横断歩道を渡った先からが六本木です。

角にアウディ(以前は三和自動車のポルシェ)が見えますが今はアパホテルが建っています。

以前はアウディとフェラーリの専門店(以前はガソリンスタンド)が向かい合っていていかにも六本木な雰囲気でした。

▲道路標識は外苑東通りと都道415号。まだ「麻布通り」への変更が済んでいないようです。

封鎖される交差点

飯倉の交差点と飯倉片町の交差点の間には旧ソ連大使館、今はロシア大使館があって、ここには特定の日に右翼の街宣車が抗議に行こうとします。

街宣車を絶対ロシア大使館の前に行かせたくない警察との攻防が繰り広げられるのも飯倉交差点と飯倉片町交差点です。

▲街宣車が近づいてくるとこうやって外苑東通りを封鎖してしまいます。制服警官、公安の私服警官などが街宣車を説得して方向を変えさせたら封鎖は解除。

でも街宣車はロシア大使館には行けないけど別の場所で大音量で軍歌や演歌、時にはJ-POPを流してデモンストレーションするので近隣の住民は結構な騒音に悩まされます。

いいくら(飯倉)

さて、この「飯倉」という地名の読み方ですが、多くの人が「いいくら」と呼ぶようです。

実際に交差点の信号機に付けられているローマ字表記を見てみると、

▲こちらは飯倉交差点の方。”IIKURA” つまり「いいくら」と表記されています。

いいぐらかたまち(飯倉片町)

ところが飯倉片町の方を見てみると、

▲おや、”IIGURA KATAMCHI” つまり「いいぐら かたまち」と表記されています。

飯倉交差点と飯倉片町交差点では「飯倉」という文字の読み方が異なるようです。

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公的な名称は?

昔から続く「飯倉」という町は麻布台や東麻布に分割、吸収されてしまい、もう正式な地名としては残っていません。
そのため、正式な読み方も曖昧なままになっているようです。

麻布台には外務省、つまり国の施設としての外務省飯倉公館がありますが、この英語表記は “The Iikura Guesthouse of Ministry of Foreign Affairs” となっていて、国としては「いいくら」と読むことにしているようではあります。(外務省の公式文書)

歴史的な名称

飯倉という地名は、伊勢神宮に関東地方から奉納する穀物を貯蔵する倉があったことに由来し、その守護神として芝大神宮が置かれていたそうです。
そんな由来や、かつて飯倉という町名が存在していたころの行政文書をみると、「いいぐら」という読み方が正しいようです。

ただ「いいくら」の方が発音しやすいので、今はこちらの方が主流になってしまい、飯倉片町の標識として残っているということのようです。

せっかくの古い読み方なので、飯倉片町の交差点だけは由緒正しい「いいぐら かたまち」と呼んであげたいですね。

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合わせて訪問したい

外苑東通りの飯倉から飯倉片町にかけての一帯には興味深い施設もあるので、六本木や東京タワーを訪れた際にはそうした施設や店舗も合わせて訪問するのも楽しいと思います。

飯倉の交差点角に建つ「ノアビル」。単なるオフィスビルですが異端の建築家として再脚光を浴びる白井晟一(しらいせいいち)の代表作として有名です。それより飯倉の異型のランドマークとして一度見たら忘れられませんね。

ロシア大使館は外観を見るだけにして、その裏の「東京アメリカンクラブ」のギャラリー訪問などどうでしょうか。在日アメリカ人向けの会員制クラブですが、ギャラリーは会員でなくても入場して鑑賞することが可能です。常に何らかの展覧会を開催しています。

東京アメリカンクラブのさらに奥には「日本経緯度原点」という、いわば日本の中心があります。何かの機会でもなければ絶対行かないような場所です。

森ビルの麻布台ヒルズで再開発が進むエリアには外務省の飯倉公館があり、そこには「外交史料館」があり誰でも自由に外交史料の一部を見学できます。本格的な史料研究には申請が必要ですが、展示されている史料を見学するだけなら予約も不要です。

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ひと休みにしたくなったら飯倉片町の「キャンティ飯倉本店」でケーキやドリンクをどうぞ。若い頃のユーミンが通ったり、東京のカルチャーの一部はここで育まれたと言っても過言ではない場所です。

そのキャンティの脇の小路を下りていくと築90年近い現役のヴィンテージマンション「和朗フラット」があります。今は一時お休みしていますが「ひなぎくきつね」というベジタリアンカフェなどもあって、タイムスリップしたかのような不思議なエリアです。

その和朗フラットの奥にトンネルがあります。
トンネルに入ると何故か足下を高速道路(首都高)が走っていて、そのまま進んで階段を上がると六本木です。地下道なのかトンネルなのか、一度は歩いてみたい不思議な道路です。

ロシア大使館横の狸穴坂を下ると東麻布のディープな麻布の街が、鼬坂・青木坂の奥には日本一のお金持ちの家やカルロス・ゴーンが仮住まいした家があったりする別の意味でディープな麻布永坂の住宅街があったりします。

やっぱりこの辺りを歩いてみると不思議な発見がいっぱいあります。

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