港区の古川
港区を流れる河川というと真っ先に思い浮かぶのが「古川(ふるかわ)」。
渋谷の方から流れてきて古川橋と麻布十番の一の橋でぐっと大きく流れを変え、浜崎橋の辺りで東京湾に注ぐ河川です。
”大河” というのは冗談でもなんでもなくて、明治時代までの古川は川幅が30mくらいあったそうですから、長さを別にすれば十分に大河です。
▲でも南麻布から将監橋辺りまでの古川というと、この写真のように川幅10mくらいでセメントの護岸で固められた都市の河川ですよね。
日比谷通りと交わる将監橋まで行くと釣り船などが停泊していて、また古川の印象も変わりますが。
大雨が降ると川幅いっぱいに水が流れ、特に下流に近く河が急に曲がる麻布十番では洪水注意報が出たりします。もっとも誰も避難所には行きませんが。
さてこの古川ですが、その上流の方は「渋谷川」と呼びます。どこかで呼び名が「古川」と変わるはずなので、そこが古川の源流と呼べる場所と言ってもよいでしょう。
どこまでが渋谷川でどこからが古川なのか。渋谷区民と港区民の長年の論争にピリオドを打つべく、川沿いを歩けば多少は涼しいだろうと期待して酷暑の都心を探検してみました。
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まずは天現寺橋へ
古川橋は ”古川にかかる橋” ですからそこが古川であることは間違いありません。
白金の辺りも古川ですね。いま工事をしている「五之橋」も ”古川にかかる五之橋を取り替える” ということなので古川です。
そこで天現寺橋まで行って、そこから渋谷方面へ源流を辿ることにしました。
▲外苑西通りと明治通りが交わる天現寺橋の交差点。横断歩道はなくて歩行者は歩道橋を使うしかありません。
都営バスの都06系統はずっと古川沿いに走るので、これを使えばどこからでも天現寺橋に行けちゃいます。
衝撃の幕開けと意外な事実
天現寺橋まで行って明治通りを古川側に渡った瞬間、今回の探検は終わりです。
古川の源流は天現寺橋でした。
言い方を変えると、渋谷川は天現寺橋まで。そこから東京湾までが古川です。
1995年から始まった東京都の「清流復活事業」を記念したもののようです。
横の案内板にはさらにビックリするようなことが書かれていました。
▲渋谷区の間は「渋谷川」、港区では「古川」。そしてその境界は天現寺橋。
古川の始まりは広尾の恵比寿橋あたりか、もしかしたら駒沢通りが始まる渋谷橋かもと思っていたのですが、考えてみれば区境の天現寺橋が当然ですよね。納得です。
源流というか境界はこれで解決できたのですが、驚くべきことに、渋谷川の源流は下落合(新宿区)。そこの下水再生センターから再生水を引いてきて放流しているのだそうです。
ずっと、渋谷川の源流は新宿御苑の湧き水で、明治神宮の湧き水なども合流しながら今のキャットストリートの下を流れて国道246玉川通りから渋谷川として姿を現すと教わってきたしそう思っていてのに。
これはまったく想定外でした。古川の水の多くが人工的に放流されているものだったとは。
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古川の始まりは笄川との合流から
渋谷から流れてきた渋谷川が「古川」と名前を変える現場を見てみましょう。
▲手前が渋谷川。
左の緑色の天現寺橋の下が「笄川(こうがいがわ)。古川の支流の一つで、青山から外苑西通り沿いに暗渠で流れてきて地上に姿を現した瞬間に古川を合流です。
で、合流して古川となって写真右の方に流れていきます。
▲写真右上からの川が渋谷川。右から笄川が合流し、古川となって写真左の方へ流れていきます。
暗渠になる前の笄川は港区と渋谷区の区境だったそうです。ところが笄川と外苑西通りが一致していないので外苑西通りが区境でないエリアが出現しています。具体的にはガーデンヒルズ下の信号から鉄砲坂の下の信号のあたりまで、外苑西通りの西側も南麻布になっています。広尾学園やブレッド&タパス沢村などですね。
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港区を流れる古川
天現寺橋からがおなじみの古川。
渋谷区を流れる渋谷川
天現寺橋から上流は渋谷川。
今は渋谷ストリームのあたりから地上に出ているようです。
でも古川側には標識がないんですよね。
渋谷ストリームのあたりと川幅も流量もあまり変わらない気がします。
代官山や広尾からは支流が流れ込まないのでしょうか。
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天現寺橋の周辺
本当は最低でも恵比寿まで古川を歩くつもり満々だったのですが、真夏の探検は天現寺橋でいきなり終了です。
明治通りを真っすぐ行けば首都高の天現寺入り口、さらに行けば古川橋で麻布通りに突き当たります。
改築しようとしていたら舛添要一の都知事時代に急きょ青山の「こどもの城」への移転が決められ、小池都知事がそれをひっくり返し移転を中止、結局また今の場所で建て替えることになった病院です。
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古川・渋谷川周辺のスポット
これまで麻布ガイドで紹介した古川、渋谷川周辺のスポットです。
赤羽橋あたりから古川沿いを探検し、明治神宮まで遡ってみるのも面白いかも。古い地形と新しい街が入り混じっています。全長で10kmもないので、歩くだけなら3時間あれば十分です。
天現寺橋の名前の由来にもなった禅宗のお寺「天現寺」。芭蕉の句碑があったりします。
恵比寿駅あたりだと、サードウェーブ系のコーヒースタンド。
明治神宮の湧き水が流れていたのはこの花泥棒のあたり。
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